ぼっち社労士とは何か


ぼっち社労士とは何か

 いろいろな場でご挨拶をさせていただくことが増えて、「『ぼっち社労士』って何ですか?」と尋ねられることも増えてきた。自分自身振り返りの意味も含めて書いてみようと思う。

 「ぼっち」とはひとりぼっちのぼっちであることは言うまでもないが、私がぼっちになったのは中学3年生のときに遡る。当時の私はいわゆる毒親の子で、私は高校進学を希望していたのに親は(経済的な理由ではなく)その信条から高校には絶対に行かせないとし、対立していた。「子どもの進路は親が決める、子には決定権はない、子は親が与えた場でのみ育つ」とまで言っていた。私は高校を出るのとそうでないのとでは人生の選択肢が大きく変わってくると思っていたから、このままだと親に人生を潰されると強い危機感を持っていた。

 そんな中、当時ビッグコミックで連載していた「家栽の人」というまんがをたまたま手に取り、その中で15歳になれば親権者の承諾なく養子縁組ができるのだから15歳になれば親を選ぶことができるといえる、ということが書いてあった。これだと思ってほとんど連絡を取ったことがなかったおじに連絡を取り、その後色々あった結果祖母の家の子となった。希望通り高校へ進学できたが、高校卒業後は独立するという条件での受け入れだった。


家裁の人/毛利甚八・魚戸おさむ/小学館

 15歳のときに親から離れて18歳にして完全に庇護下から脱したという形だ。よせばいいのに大学(国立に落ちたので滑り止めの私立大学)に進学し、奨学金とアルバイトで学費と生活費を全部工面した。ときは超氷河期でいい就職口はなかなかなかったが、なんとか職にありついて低賃金と理不尽に耐え転職と引っ越しを繰り返しつつ頑張ってきた。当時の私には頼れる親とかはなかったから、ほんとうにぼっちで頑張るしかなかったのだ。

 職歴もITエンジニアをやったり事務機屋の営業をやったり、何故かバス運転手をやったり迷走してきたが、全部自分のみで決めて実行してきた。過去に実親に自分の進路を潰されそうになった経験から、「自分のことは自分が決める」が信条である。振り返ると大失敗だったなということも多いが不思議と後悔はしていない。全部自分が決めたことで、他人に他人の都合を押し付けられたとかそういうことがないからだろう。

 結婚をし家庭を持つと重大な決定に際してはいちいち配偶者の意見を聴く必要があるのだから、結婚をすると大変だろうなと思いつついつかは結婚するのだろうと思っていた。実際はそのような機会はやってこず杞憂に終わった。

 事務所経営に当たって共同経営という形を取る方もいる。私はそのような形態を取ることはないだろう。

 ぼっちですべて一人で決めてきたことに後悔はしていないと言ったが、反省していることは専門家の意見を聴かなかったことだ。専門家に金を払って意見を聴くという発想がなかったためだが、それをしていれば単なる無知などくだらないことが原因の大失敗も防げただろうと、振り返ると思うのである。

 世の中ぼっちな人というと誰も友達がいないひとり孤独な人を想像される方も多いかと思うが、私のように他人の干渉を受けることを嫌うがためにぼっちな人もいるのであり、その数は相当なものではないかと推察される。

 ぼっち社労士はそういった方々へ利害関係のない離れた立ち位置から助言を行い、意思決定のお手伝いをする者なのである。

(2025.3.9) ホームページに戻る


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